満員御礼 2015夏チャレンジ隊!
7月6日 遅ればせながら募集が始まった 2015夏チャレンジ隊が嘘のよう・・・
お陰様で、定員になりましたので、お申込み受付を〆切らせて頂きます。
情報発信のご協力、参加してくださる子ども達、ありがとうございます。
これから、スタッフ一同 それぞれの得意分野でチャレンジしながら、
開催まで準備を進めていきますね。
引き続き、色々な面でのサポートよろしくおねがいします。
お陰様で、定員になりましたので、お申込み受付を〆切らせて頂きます。
情報発信のご協力、参加してくださる子ども達、ありがとうございます。
これから、スタッフ一同 それぞれの得意分野でチャレンジしながら、
開催まで準備を進めていきますね。
引き続き、色々な面でのサポートよろしくおねがいします。
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お陰様で、定員になりました!
みんなで作ろう!こども村 2015冬チャレンジ隊!
昨年3月より、NPO虹のかけ橋の活動を休止していたため、
平成26年度 独立行政法人国立青少年教育振興機構
子どもゆめ基金の助成を受けていた
「みんなで作ろう! こども村」が開催できずにいました。
ボランティアの皆さんのご協力を頂き、2015年1月3~6日 福島から8名の親子
地元を始め、東京埼玉から10名の参加者をお迎えして開催する事が出来ました。
これは、「自然と共生し、協働生活しながら、持続可能なこども村を神余に創ろう!」と いう
ビジョンによって、計画されていたものです。
NPO虹のかけ橋 HPに活動報告がありますので、どうぞご覧下さい。
2014年 NPO虹のかけ橋 活動休止のお知らせ
日頃皆様には、NPO虹のかけ橋の活動にご支援ご協力頂き、心からお礼を申し上げます。
この度、代表を務めております私の個人的な状況により、活動を一時休止せざるおえなくなりました。
(現在、91歳と85歳の子どものいない伯父と伯母を呼び寄せ、24時間介護に当たっております)
「福島県は、19日東京電力福島第一原発事故の被曝による子どもの甲状腺への影響を調べる検査で、90人が甲状腺がんやその疑いがあると診断されたと、発表した。」(5月19日朝日新聞デジタル)
こうした発表の度に発症数が増えているのを耳にしますと、何とも心が痛みますが、
今はまず、身近に助けを必要としている人を助け、薬草を使った民間療法、食餌療法など、
実践を通して学び、やがて近い将来、福島の子ども達を始め、健康を害した方々のためにこの経験が生かされる時が必ず来ると信じ、一日一日を大切に過ごしておりますところです。
大変勝手ではございますが、皆様のご理解を賜りますようお願い致しますと共に、
今までご縁を頂戴致しましたお一人お一人に心からの感謝を申し上げ、
2014年NPO虹のかけ橋 活動休止のお知らせとさせて頂きます。
2014年5月20日
NPO虹のかけ橋
代表 成田浩美
この度、代表を務めております私の個人的な状況により、活動を一時休止せざるおえなくなりました。
(現在、91歳と85歳の子どものいない伯父と伯母を呼び寄せ、24時間介護に当たっております)
「福島県は、19日東京電力福島第一原発事故の被曝による子どもの甲状腺への影響を調べる検査で、90人が甲状腺がんやその疑いがあると診断されたと、発表した。」(5月19日朝日新聞デジタル)
こうした発表の度に発症数が増えているのを耳にしますと、何とも心が痛みますが、
今はまず、身近に助けを必要としている人を助け、薬草を使った民間療法、食餌療法など、
実践を通して学び、やがて近い将来、福島の子ども達を始め、健康を害した方々のためにこの経験が生かされる時が必ず来ると信じ、一日一日を大切に過ごしておりますところです。
大変勝手ではございますが、皆様のご理解を賜りますようお願い致しますと共に、
今までご縁を頂戴致しましたお一人お一人に心からの感謝を申し上げ、
2014年NPO虹のかけ橋 活動休止のお知らせとさせて頂きます。
2014年5月20日
NPO虹のかけ橋
代表 成田浩美
あなたの目に、福島はどんな風に映っていますか?
あなたの目に、福島はどんな風に映っていますか?
原発事故が起こっても尚、ここに住み続ける私たちから、出会って下さったみなさんに、メディアではなかなか伝わらないであろう福島のことをお伝えしたいと思います。
みなさんは、原発事故はひとまず落ち着き、今は復興目指して頑張っている被災地、という目線を持っていらっしゃるのでは?と感じます。
しかし、原発事故の被害、そしてそれによって受けている影響は、むしろこれからが長い戦いであるということをお伝えします。
水俣などの公害による問題が示すように、起こってしまったことというものは、【認めない】という恐ろしいほどの力によって、全力での封じ込めが行われ、被害を被害とは認めず、何もなかったようにしてしまいたいという意図によって、私たちの子どもたちは酷い扱いを受けている。これが福島の実態です。
終わってなどいないこのことが、今後どのように動いて行くのかは、みなさんによるマスコミに流されないスタンスが必要で、テレビのニュースの角度やなんとなくの元気ムードが伝える福島というものは、全くのごまかしであるということをお伝えします。
ここに美談などは存在せず、恐ろしいほどの封じ込めによって真実は伝わらない現実が存在しているということを知って下さい。
なぜ避難せずにそこに住んでいるの?
このような質問に対し、私たちは正直に答えます。安心してここに住んでいる人がどれほど居るのかは分かりませんが、国や行政が子どもを守ってくれないという現実を知ってしまった今となっては、少なくとも、私たちのように子どもの未来を考え、様々なことに対してこのままではいけないと思っている母親たちは、チャンスさえあれば今すぐにでもこの地を離れ、子どもを安全な所で育てたいと思っています。それが叶わない理由は家庭によって異なりますが、被曝による影響を受け入れてここに残っている訳ではないということをお伝えします。
私たちはここに住んでいながらも子どもを守ることができるように、リスクを減らすために必要な対策を求めており、今までは教育の現場にそれぞれが対応を求めて来ましたが、それには限界があり、子どもたちも先生も、もちろん私たちも疲れてしまうので、今はそれを行政に申し入れ、交渉を行っています。しかし、それもまた多くの疲労を伴います。一番身近にある行政自治が守ろうとしているものは、大切な存在であろう子どもたちの未来ではなく、地元の経済復興であるということを、私たちは感じてしまっているからです。
このままで本当にいいのだろうか・・・
子どもたちは現実を正しく受け止めることもできないまま、未来を語り、未来に向かうことはできるのでしょうか。
この地に残りながらもあらゆる対策によって守られたと、将来子どもたちにそのように思ってほしいと願っていますが、事故から2年が過ぎた今、胸を張って子どもの未来を守っていると言える大人がどれほど存在しているでしょうか。
それを教育の現場に求めても、個人的な思いや考えとは別のところで判断をしなければならないという難しさも抱えていることと思いますので、追及することはできません。
立場など持たない私たちだからこそ言えることは多いのかもしれませんが、原発事故と言う大変な事態が起こったというのに、元に戻すことばかりに必死になっている世の中の流れに待ったと言える存在は、母親しかいないのでしょうか。
そのような残念さやがっかり感を持ちながら、福島に暮らす私たちは孤独な存在です。
私たちは、この国は子どもの未来のことなどどうでもいいと思っていることを、子どもの未来を放り投げ、見捨てたということを知っています。私たちの大切な子どもたちは、経済復興のためのシンボルとして、原発を再稼働させるために、原発事故の影響など大したことがないと思わせるために、原発事故が起こってもすぐに復興すること、福島はもう元に戻ったことをアピールするための材料として国に利用をされている、そのような存在です。
2011年3月11日。あの日からの時系列を追えば、この国がどれほど私たちの子どもに対し、生存権を侵すことを強いてきたかを知ることができます。
普段通りの日程で行われた始業式。高線量の中を、被曝をしながらランドセルを背負い学校に通わなければならない理由はなんだったのでしょうか。情報は正しく伝わらず、ここいわき市では時期を同じくして安全宣言が出され、数々のキャンペーンがスタートしました。食べて応援をお願いするためには、ここが安全であることをアピールしなければならず、そのために子どもたちの給食にも地産地消を復活させて、給食でも使用するほど安全であることを広く伝える必要があるのです。
ここいわき市は、初期被曝の問題を抱えておりながら、多くの市民はその事実を知りません。大量の放射性ヨウ素の影響を受けていながら、半減期は過ぎてしまっているため追及することは困難です。将来どのような影響がでるかも分からないまま、私たちにできることは、これ以上のリスクを背負わないための対策をすることです。測定の環境が整ったから大丈夫として強いられる地産地消の実態は、あまりにも楽観的な対策の中にあります。サンプルによる検査には限界があり、同じ畑や同じ田んぼの中にあっても全く異なる測定結果が出るということを知っている私たちは、整ったと言われる検査体制を信じることはできません。
冷静に考えて、なぜここに暮らす子どもたちは、これ以上のリスクを背負わせないようにと全力で守る態勢によって守られないのでしょうか。私たちは、子どもを真っ先に疎開させる選択ができなかった国の判断を、誤った判断であったと思っており、次々に強いられることの数々に対し、これは人権侵害であると感じています。
情報が正しく伝わることは難しいということは、みなさんも気づいていることと思いますが、私たちはこの地の中でも特別な存在として、情報を得れば得るほど心配性で神経質な、厄介な親たちという扱いを受けてしまいます。福島県のネット普及率は3割と言われており、普通に流れるテレビ番組を鵜呑みにしていたら、楽観的な捉え方に飲み込まれてしまい、県民自らがもう大丈夫だと思ってしまうことでしょう。それぞれが手にする情報の種類や量によって、情報格差はますます激しくなるばかりで、マイクロシーベルトやベクレルなどという単位の意味すら分からない人はたくさん居て、難しい話は分からないと言う投げやりな人が、ほとんどかもしれません。向き合うことが面倒だという姿勢は、ますますの格差を生み、私たちの声もまた、面倒なものとされてしまっているのかもしれません。
全国で展開されている福島のキャンペーンがみなさんにお伝えしていることは、再びここにたくさんの人が訪れるように応援してくださいということだと思います。それによって全国のみなさんは、どうにかここの復興のために応援したいと、産業を支えようとしたり、観光を支えようとしたり、優しい気持ちでサポートをして下さることでしょう。
しかし、それによってここが安全である、もう大丈夫という蓋をされ、まだ大丈夫ではなく子どもを守るための対策をしてほしいと求める私たちの声はかき消されてしまいます。みなさんが支えようとして下さる復興の先にあるものは、子どもたちが守られないことになってしまうという構造です。
みなさんにお願いしたいのは、原発事故が起こったあとにはどのようなことになるのかという構造を知ってほしいということです。それを知ることによって、悲しみを繰り返さないでほしいという私たちの願いが叶うことに繋がると、そう思います。
私たちは、この原発事故が起こったすぐ後に、チェルノブイリ事故の後、母親たちはどのようにして子どもを守ったのかを知りたいと思いました。しかし、情報というものは伝える側の力によって正しく伝わらないということも知ることになり、とても大きな壁を前に途方に暮れる日々を過ごしてきました。
母親である自分たちがささやかながらも声を上げ続けなければ、この事故の影響や被害は簡単に闇に葬り去られてしまうという危機感を覚え、そして立ち上がりました。
私たちは子どもを学校に行かせることを、まるで戦場に行かせることのように感じています。なぜなら、先生のほとんどは子どもを守るための対策を求めても、それを受け入れてはくれないからです。何を求めても知らぬ存ぜぬ、大丈夫心配するなという姿勢で、早く事故前の状態に戻し、未来に向かって明るく元気にがんばろう!という空っぽのキャッチコピーを子どもに語らせ、前向きな福島をアピールすることを求める大きな力に加担しています。
子どもたちは放射能による被害を受けていることを自覚できないまま、明るく能天気な放射線の授業を真に受けて、身を守るすべも教えられず、復興は僕たち私たちが支えていきますというセリフが大人たちのお気に入りであることを覚え、それを言えば大人が喜ぶことを知っています。
しかし、私たちのような親のもとに育つ子どもたちは、大人にも種類があって、本当のことを言わない大人がいるということを知っています。放射能の影響を心配する母親と、守ろうとしない先生とのはざまで、分かってはいるけれどもうこれ以上学校に物申すことはやめてほしいと願っています。なぜならみんなと同じようにできないことは、辛い事であり、メンタルへの負担は相当なものであるからです。
風の強い日には汚染された土壌の舞い上がりによる影響が心配で、屋外で活動をさせないでほしいと私たちは思いますが、全ての子どもたちの被曝を心配しても、個人の対応にされている以上は我が子たちは孤独な存在としてみんなと違う場所で自習を行うことになってしまいます。
牛乳を飲ませないという判断やお弁当を持たせたいという思いも、そうは思っていない母親がほとんどである以上、特別な存在になってしまう子どもたちに対して申し訳ないという罪悪感を抱えながら子どもを守るという、そのような状況です。もう疲れたからみんなと同じようにしたいという子どもの気持ちを考えて、それを許すことを選択している母親は増えています。
土壌の舞い上がりが心配でありながらも、運動不足による体力の低下も心配であるし、身体を動かす喜びを奪い続けることが子どもに与える影響を考えれば、リスクをはかりにかけて屋外での活動を許可せざるを得ない状況です。
健康的に日焼けした小麦色の肌の子どもを見ながら、複雑な思いを抱える3年目の夏です。
神経質な母親が子どもの精神や健康を害したとされるチェルノブイリのデータが私たちを差別に追い込み、当たり前に声を上げることができない状況の中、母親たちは声を潜め、アレルギーだから牛乳を飲ませないなどという嘘をついて子どもを守ろうとします。私たちのように声を上げて子どもを守ろうとすることは、様々なリスクを伴い、行政に物申すことなどは、特別な過激な団体のやることだという偏見によって夫や親せきからは世間体が悪いのでやめろと止められます。
市民の力は小さくていかに無力であるかという諦めが、福島全体を覆っているようにさえ感じます。
3.11という出来事が私たちに投げかけたものは、大切なものはなにかという問いかけであったと感じている私たちは、長いものに巻かれることなく、小さいながらも諦めずに歩みを続けていきたいと思っています。
私たちの思いが全国に届き、本当の復興とはなにかを社会全体として考えることができることを願っています。
【福島の夏野菜カレー】
このCMのフレーズにさりげなく込められた復興応援のニュアンスがもたらす影響は、私たちを苦しめます。
元に戻って元気に頑張る福島を応援したい!応援しよう!という意味なのかもしれませんが、それによって「またか・・・」と、悲しくなる私たちがいるということを知って下さい。
食品の検査体制は整ったと言われていますが、その測定の仕方についても、追及して頂くことをお願いします。ここに住んでいながらも『売っているものは安全なんでしょ?』という市民の意識がほとんどです。その測定方法や測定時間、検出限界の値など、追及すれば見えてくることがあります。
私たちは、様々なことを知れば知るほど、安全と言うためには追及をしないということが必要だという現実があることをも知ることになりました。追及すれば見えてくる様々な真実を共有することが、福島を支えることになるということをお伝えし、みなさんの誠意に対して感謝しながら、そのサポートの方向性に希望を持たせて頂くことを願います。
保養企画を立ち上げ、運営して下さっているみなさんへ
心と身体に健康を取り戻すための機会を与えて頂き、やさしくサポートして下さるみなさんと共に過ごす時間は、子どもたちにとって、お母さんたちにとって、言葉にはできない大切なものを育むことになると思います。
福島のために、様々な努力をして頂いての保養企画の開催に、心からお礼を申し上げます。
ありがとうございます。
「いわきの初期被曝を追及するママの会」ブログより転載させていただきました。
http://iwakinomama.jugem.jp/
原発事故が起こっても尚、ここに住み続ける私たちから、出会って下さったみなさんに、メディアではなかなか伝わらないであろう福島のことをお伝えしたいと思います。
みなさんは、原発事故はひとまず落ち着き、今は復興目指して頑張っている被災地、という目線を持っていらっしゃるのでは?と感じます。
しかし、原発事故の被害、そしてそれによって受けている影響は、むしろこれからが長い戦いであるということをお伝えします。
水俣などの公害による問題が示すように、起こってしまったことというものは、【認めない】という恐ろしいほどの力によって、全力での封じ込めが行われ、被害を被害とは認めず、何もなかったようにしてしまいたいという意図によって、私たちの子どもたちは酷い扱いを受けている。これが福島の実態です。
終わってなどいないこのことが、今後どのように動いて行くのかは、みなさんによるマスコミに流されないスタンスが必要で、テレビのニュースの角度やなんとなくの元気ムードが伝える福島というものは、全くのごまかしであるということをお伝えします。
ここに美談などは存在せず、恐ろしいほどの封じ込めによって真実は伝わらない現実が存在しているということを知って下さい。
なぜ避難せずにそこに住んでいるの?
このような質問に対し、私たちは正直に答えます。安心してここに住んでいる人がどれほど居るのかは分かりませんが、国や行政が子どもを守ってくれないという現実を知ってしまった今となっては、少なくとも、私たちのように子どもの未来を考え、様々なことに対してこのままではいけないと思っている母親たちは、チャンスさえあれば今すぐにでもこの地を離れ、子どもを安全な所で育てたいと思っています。それが叶わない理由は家庭によって異なりますが、被曝による影響を受け入れてここに残っている訳ではないということをお伝えします。
私たちはここに住んでいながらも子どもを守ることができるように、リスクを減らすために必要な対策を求めており、今までは教育の現場にそれぞれが対応を求めて来ましたが、それには限界があり、子どもたちも先生も、もちろん私たちも疲れてしまうので、今はそれを行政に申し入れ、交渉を行っています。しかし、それもまた多くの疲労を伴います。一番身近にある行政自治が守ろうとしているものは、大切な存在であろう子どもたちの未来ではなく、地元の経済復興であるということを、私たちは感じてしまっているからです。
このままで本当にいいのだろうか・・・
子どもたちは現実を正しく受け止めることもできないまま、未来を語り、未来に向かうことはできるのでしょうか。
この地に残りながらもあらゆる対策によって守られたと、将来子どもたちにそのように思ってほしいと願っていますが、事故から2年が過ぎた今、胸を張って子どもの未来を守っていると言える大人がどれほど存在しているでしょうか。
それを教育の現場に求めても、個人的な思いや考えとは別のところで判断をしなければならないという難しさも抱えていることと思いますので、追及することはできません。
立場など持たない私たちだからこそ言えることは多いのかもしれませんが、原発事故と言う大変な事態が起こったというのに、元に戻すことばかりに必死になっている世の中の流れに待ったと言える存在は、母親しかいないのでしょうか。
そのような残念さやがっかり感を持ちながら、福島に暮らす私たちは孤独な存在です。
私たちは、この国は子どもの未来のことなどどうでもいいと思っていることを、子どもの未来を放り投げ、見捨てたということを知っています。私たちの大切な子どもたちは、経済復興のためのシンボルとして、原発を再稼働させるために、原発事故の影響など大したことがないと思わせるために、原発事故が起こってもすぐに復興すること、福島はもう元に戻ったことをアピールするための材料として国に利用をされている、そのような存在です。
2011年3月11日。あの日からの時系列を追えば、この国がどれほど私たちの子どもに対し、生存権を侵すことを強いてきたかを知ることができます。
普段通りの日程で行われた始業式。高線量の中を、被曝をしながらランドセルを背負い学校に通わなければならない理由はなんだったのでしょうか。情報は正しく伝わらず、ここいわき市では時期を同じくして安全宣言が出され、数々のキャンペーンがスタートしました。食べて応援をお願いするためには、ここが安全であることをアピールしなければならず、そのために子どもたちの給食にも地産地消を復活させて、給食でも使用するほど安全であることを広く伝える必要があるのです。
ここいわき市は、初期被曝の問題を抱えておりながら、多くの市民はその事実を知りません。大量の放射性ヨウ素の影響を受けていながら、半減期は過ぎてしまっているため追及することは困難です。将来どのような影響がでるかも分からないまま、私たちにできることは、これ以上のリスクを背負わないための対策をすることです。測定の環境が整ったから大丈夫として強いられる地産地消の実態は、あまりにも楽観的な対策の中にあります。サンプルによる検査には限界があり、同じ畑や同じ田んぼの中にあっても全く異なる測定結果が出るということを知っている私たちは、整ったと言われる検査体制を信じることはできません。
冷静に考えて、なぜここに暮らす子どもたちは、これ以上のリスクを背負わせないようにと全力で守る態勢によって守られないのでしょうか。私たちは、子どもを真っ先に疎開させる選択ができなかった国の判断を、誤った判断であったと思っており、次々に強いられることの数々に対し、これは人権侵害であると感じています。
情報が正しく伝わることは難しいということは、みなさんも気づいていることと思いますが、私たちはこの地の中でも特別な存在として、情報を得れば得るほど心配性で神経質な、厄介な親たちという扱いを受けてしまいます。福島県のネット普及率は3割と言われており、普通に流れるテレビ番組を鵜呑みにしていたら、楽観的な捉え方に飲み込まれてしまい、県民自らがもう大丈夫だと思ってしまうことでしょう。それぞれが手にする情報の種類や量によって、情報格差はますます激しくなるばかりで、マイクロシーベルトやベクレルなどという単位の意味すら分からない人はたくさん居て、難しい話は分からないと言う投げやりな人が、ほとんどかもしれません。向き合うことが面倒だという姿勢は、ますますの格差を生み、私たちの声もまた、面倒なものとされてしまっているのかもしれません。
全国で展開されている福島のキャンペーンがみなさんにお伝えしていることは、再びここにたくさんの人が訪れるように応援してくださいということだと思います。それによって全国のみなさんは、どうにかここの復興のために応援したいと、産業を支えようとしたり、観光を支えようとしたり、優しい気持ちでサポートをして下さることでしょう。
しかし、それによってここが安全である、もう大丈夫という蓋をされ、まだ大丈夫ではなく子どもを守るための対策をしてほしいと求める私たちの声はかき消されてしまいます。みなさんが支えようとして下さる復興の先にあるものは、子どもたちが守られないことになってしまうという構造です。
みなさんにお願いしたいのは、原発事故が起こったあとにはどのようなことになるのかという構造を知ってほしいということです。それを知ることによって、悲しみを繰り返さないでほしいという私たちの願いが叶うことに繋がると、そう思います。
私たちは、この原発事故が起こったすぐ後に、チェルノブイリ事故の後、母親たちはどのようにして子どもを守ったのかを知りたいと思いました。しかし、情報というものは伝える側の力によって正しく伝わらないということも知ることになり、とても大きな壁を前に途方に暮れる日々を過ごしてきました。
母親である自分たちがささやかながらも声を上げ続けなければ、この事故の影響や被害は簡単に闇に葬り去られてしまうという危機感を覚え、そして立ち上がりました。
私たちは子どもを学校に行かせることを、まるで戦場に行かせることのように感じています。なぜなら、先生のほとんどは子どもを守るための対策を求めても、それを受け入れてはくれないからです。何を求めても知らぬ存ぜぬ、大丈夫心配するなという姿勢で、早く事故前の状態に戻し、未来に向かって明るく元気にがんばろう!という空っぽのキャッチコピーを子どもに語らせ、前向きな福島をアピールすることを求める大きな力に加担しています。
子どもたちは放射能による被害を受けていることを自覚できないまま、明るく能天気な放射線の授業を真に受けて、身を守るすべも教えられず、復興は僕たち私たちが支えていきますというセリフが大人たちのお気に入りであることを覚え、それを言えば大人が喜ぶことを知っています。
しかし、私たちのような親のもとに育つ子どもたちは、大人にも種類があって、本当のことを言わない大人がいるということを知っています。放射能の影響を心配する母親と、守ろうとしない先生とのはざまで、分かってはいるけれどもうこれ以上学校に物申すことはやめてほしいと願っています。なぜならみんなと同じようにできないことは、辛い事であり、メンタルへの負担は相当なものであるからです。
風の強い日には汚染された土壌の舞い上がりによる影響が心配で、屋外で活動をさせないでほしいと私たちは思いますが、全ての子どもたちの被曝を心配しても、個人の対応にされている以上は我が子たちは孤独な存在としてみんなと違う場所で自習を行うことになってしまいます。
牛乳を飲ませないという判断やお弁当を持たせたいという思いも、そうは思っていない母親がほとんどである以上、特別な存在になってしまう子どもたちに対して申し訳ないという罪悪感を抱えながら子どもを守るという、そのような状況です。もう疲れたからみんなと同じようにしたいという子どもの気持ちを考えて、それを許すことを選択している母親は増えています。
土壌の舞い上がりが心配でありながらも、運動不足による体力の低下も心配であるし、身体を動かす喜びを奪い続けることが子どもに与える影響を考えれば、リスクをはかりにかけて屋外での活動を許可せざるを得ない状況です。
健康的に日焼けした小麦色の肌の子どもを見ながら、複雑な思いを抱える3年目の夏です。
神経質な母親が子どもの精神や健康を害したとされるチェルノブイリのデータが私たちを差別に追い込み、当たり前に声を上げることができない状況の中、母親たちは声を潜め、アレルギーだから牛乳を飲ませないなどという嘘をついて子どもを守ろうとします。私たちのように声を上げて子どもを守ろうとすることは、様々なリスクを伴い、行政に物申すことなどは、特別な過激な団体のやることだという偏見によって夫や親せきからは世間体が悪いのでやめろと止められます。
市民の力は小さくていかに無力であるかという諦めが、福島全体を覆っているようにさえ感じます。
3.11という出来事が私たちに投げかけたものは、大切なものはなにかという問いかけであったと感じている私たちは、長いものに巻かれることなく、小さいながらも諦めずに歩みを続けていきたいと思っています。
私たちの思いが全国に届き、本当の復興とはなにかを社会全体として考えることができることを願っています。
【福島の夏野菜カレー】
このCMのフレーズにさりげなく込められた復興応援のニュアンスがもたらす影響は、私たちを苦しめます。
元に戻って元気に頑張る福島を応援したい!応援しよう!という意味なのかもしれませんが、それによって「またか・・・」と、悲しくなる私たちがいるということを知って下さい。
食品の検査体制は整ったと言われていますが、その測定の仕方についても、追及して頂くことをお願いします。ここに住んでいながらも『売っているものは安全なんでしょ?』という市民の意識がほとんどです。その測定方法や測定時間、検出限界の値など、追及すれば見えてくることがあります。
私たちは、様々なことを知れば知るほど、安全と言うためには追及をしないということが必要だという現実があることをも知ることになりました。追及すれば見えてくる様々な真実を共有することが、福島を支えることになるということをお伝えし、みなさんの誠意に対して感謝しながら、そのサポートの方向性に希望を持たせて頂くことを願います。
保養企画を立ち上げ、運営して下さっているみなさんへ
心と身体に健康を取り戻すための機会を与えて頂き、やさしくサポートして下さるみなさんと共に過ごす時間は、子どもたちにとって、お母さんたちにとって、言葉にはできない大切なものを育むことになると思います。
福島のために、様々な努力をして頂いての保養企画の開催に、心からお礼を申し上げます。
ありがとうございます。
「いわきの初期被曝を追及するママの会」ブログより転載させていただきました。
http://iwakinomama.jugem.jp/